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失われた財宝を探せ!ロシアの女帝が愛した琥珀の物語

失われた財宝を探せ!ロシアの女帝が愛した琥珀の物語

2015年3月初旬に、琥珀にまつわるニュースが流れました。それは、第二次世界大戦中にドイツ軍によって持ち去られた宝物で、ロシア・エカテリーナ宮殿に創られた「琥珀の間」の財宝をドイツ人男性が探索する、というニュースです。

ロシアの女帝エカテリーナが愛した琥珀の物語と一緒にご紹介します。

琥珀を愛したエカテリーナ2世ってどんな人?

エカテリーナは、ドイツの小さな公家の娘として産まれました。ドイツ貴族のピョートル3世に親戚であり、母の兄がロシアの女帝エリザベータの婚約者だった縁で、皇太子の元に嫁ぎました。大変な野心家だったと言われ、エリザベータの死後はクーデターを起こし、夫・ピョートルを皇帝の座から降ろしてしまいます。そして自らが女帝としてロシアの政治を司った女性です。

政治だけでなく子女教育にも熱心で、ロシア初の女子高を設立したほか、各地に医学校を設けるなど医学の分野の発展にも力を注ぎました。世界の三大博物館のひとつで、世界遺産にも登録されていえるエルミタージュ美術館の基礎を作り上げたのもエカテリーナであると言われています。

息を呑む美しさ!ロシアの宮殿にある「琥珀の間」 

夏の離宮(離宮に使われたことは癒しの効果のためかもしれないとか言わないと、琥珀は触っていると温度が上がるので夏と結びつけてしまうと違和感があります)であった、エカテリーナ宮殿にある「琥珀の間」。当時、琥珀は宝飾品としてだけでなく、装飾品としても大変人気の高い宝石だったそうです。

部屋全体が眩いばかりに輝く琥珀(琥珀は樹液が化石化したもので、そんなにギラギラ光らないので琥珀自体が「眩いばかりに輝く」というと違和感があります。)で飾られた部屋「琥珀の間」は、プロイセンの王から1716年にピョートル1世に贈られますが、使用することなくピョートル1世はこの世を去ります。

その後、娘のエリザヴェータが冬の離宮での謁見の際に使用しますが、エカテリーナ2世の時代になると夏の離宮へと移されています。エカテリーナは、壁一面を琥珀で装飾したこの部屋をこよなく愛し、自身の許可がなければ入室を許さなかったと言われています。

失われたエカテリーナ2世の財宝の探索が始まる 

しかしながら、第2次世界大戦中にロシアに進行したドイツ軍によって「琥珀の間」の装飾の多くが奪い去られてしまいました。戦後の長い間、行方不明となっていた「琥珀の間」の装飾品は、2000年に一部がドイツで発見されて、ロシアに返還されています。
今回話題になっているのは、ドイツ人男性がさまざまな調査をした結果、ドイツの工場地帯にある街の近くに未発見の琥珀の間の装飾品が隠されているのではないかと推測した、というニュースです。しかし、発掘にはかなりの費用がかかるため、未だ発掘はされていないそうです。

まとめ

難百年もの時を超えて、人々を魅了する「琥珀の間」。数奇な運命をたどってしまいましたが、失われた装飾品に関する新たな発見がこの先にもあるかもしれません。
女帝エカテリーナが愛した「琥珀の間」が、当時の姿に戻る日は、そう遠くないのかも知れませんね。